実は仕事をやめていたはなし①
突然ではありますが、
実は、お仕事をやめていました。
社会人になって3年生。
3年生になった新年度始まった頃にはお仕事は辞めていました。
仕事を辞めることって本当にいろいろと勇気や覚悟はいりますが、
でも今回思い切って辞めて、立ち止まることって大事だな・・・。
と感じることが多いなと思いました。
仕事を辞めて感じたことをいくつか分けて綴ってみようとおもいます。
働きながら転職活動
2016年の春に看護師・保健師の免許を取得し、
将来は保健師として働くことを理想としていたこと。
ちゃんと合格をきいてから職探しをするということを決めていたので、
職が見つかるまでの間、医療系とは全く離れた、カメラマンとして勤務。
合格通知をいただき、免許も申請し、カメラマンとして働きながら転職活動開始。
人材会社に登録したり、自分から求人を探して応募したり、
行政保健師、正雇用・契約雇用・臨時雇用などあらゆる求人が出てくるたびに、受験や面接へいき、転職活動を仕事の合間にこそこそと。。。
しかし、受けたところすべてが不合格。
「未経験」というところに引っかったのがほとんど。
不合格のあとでも募集しているってことは、
私の保健師としての人材が適用していなかったこと。
また、行政にしろ、民間にしろ、看護師に比べ少ない、若干数の募集。
定員われなどない。
色んな人が言う
「保健師は狭き門」という言葉を身をもって感じたこと。
カメラマンは1年だけと決めていたので、3月末で転職もうまく決まらず退職。
ただただ、不安でしかなかった3月末
無のまま新年度を迎えてしまった4月
一応、地元の臨時保健師としては登録していたため、仕事が何かあれば連絡するのを待ついっぽう、本当に無職になってしまった4月。
周りは「看護師3年目~!」「入社式でした。」言っているけれど
私は転職活動を引き続きしていたけれども、
転職先となる職場、新年度は正直バタバタしていて、
人事も総務も募集どころでもない ということを思いいったん中断。
転職活動以外に何をすればいいのか、また何をしたいのか全く分からず、
不完全に燃え尽きたような気分。
昨年も1~3月まで国家試験の勉強をするという1日の生活リズムがきちんとしていたので、それなりにすごせたけど、今回は日々何もなく、廃人のような生活。
こんなことになるとは思わなかった。
引きこもっていても、日が過ぎて行くだけなので
実家にいる限り、洗濯・掃除・料理などはすること。
そんな日々を送ること数日。
ちょっとずつ自分の変化に気づきはじめた。
生活を送る中で気づいた自分自身のこと
料理のレパートリーが一気に減ったこと。
何事も物事をやるのにも、優先順位がつけられないこと。
片付けよりも物の工夫がうまくできていないこと。
など、生活を送るうえで考えることができていないことに気づいた。
また、
2年前は9ヶ月のちょっとの間だけ、一人暮らしをしたことがあるけど、
帰宅してから、ご飯を簡単に済まして、疲れてすぐに寝るか、
ひたすら動画をみてとにかく疲れを癒していたり。
昨年から再び実家暮らしになり、家族がいるから甘えて、
家事はほぼ任せっぱなし。
朝早起きして、通勤、仕事して、かえってごはん食べて、寝て
休日は外へ出かけて、、。
社会人になってから
ただ、仕事に追われて、休日は非日常を求めるために、日常から逃げた結果
生きる上で基本的なことができていなかった
お金さえあれば、服、食べ物、物が買えたり、非日常な空間も買える。
また、なんでもボタン1つでできてしまう便利な世の中でもあるため、
今まで頼りすぎていたことに反省。
その瞬間のために生きることも大事だけど、
よく先を考えずその場しのぎの生き方だったんだなと気づく、、。
落胆の日々から、一転。
しかし、
4月から、仕事もなにもなくなり、お金も限られただけ。
家のことをせざるを得なかったため、できないことに気づきそれらと向かい合う日々。
最初は落胆ばっかりしていたけれども、
ある日、姉の部屋を掃除していたこと。
3年前の夏に片付けてから、また散らかってきて、
とにかく手の付けどころがなく、
とりあえず机のうえのを綺麗にすることからはじめ、
使ってないものやゴミになるようなものは一旦全部捨て、
いるものはまとめておくなどしていくと、
机の上がすっきりと片付き
広々とした机をみて
「めっっちゃすっきりしたやん、、、」
と、思わず嬉しくなって、部屋中一気に片付ける勢い。
足の踏み場もなかった部屋が
すっかりと綺麗に片付いて、驚きを隠せずにいられなかった姉。
勝手に片付けたことの怒りと、綺麗な部屋で過ごせられる喜びの姉でしたが
綺麗にできてよかったな、、、、。と達成感がいっぱい。
※親しい間柄といえども、よくないので気をつけます´・ω・`
その後も家事で何かできたとき、
素直に「今日できた!」と小さいことでも喜んだり、
うまくいかなかったことがあれば、そんな日もあるし、
すぐにできなくても慣れ慣れ、、、
どうやったらうまくできるのかな〜〜
と、ゆるーく向き合うようになってきた。
シナモンロールがお店以上に美味しいのができた✌️💓
考える=自分の感情と向き合うこと
日々過ごす中で
自己達成感を少しずつ味わうことで、ちょっとずつ自信がわいてきたり
できなかったことがいつの間にかできてるようになってたり。
仕事をしていた時は
とにかく仕事に追いつこうと必死で、できなかったことができたところで
【できて当たり前】【まだまだ半人前】と、自分に厳しく。
できないことは助けていただき【次は自分でできないと】というプレッシャーに
押しつぶされ
「今日もできなかった。」「あーあ。」「なんでこんなにうまいこといかへんの?」
と毎日反省会。
結果、仕事以外でも、ずーーーーーと引きずって、
いつの間にか自己肯定も自己達成も低くなって、日々ネガティヴになっていた。
生活を送る上で、ネガティヴな考え方が癖になってそのループにすっかりと
はまってしまったよう。
今振り返ると、本当に日々愚痴でしかなかったし、
自分のせいというよりも、、他人のせいにもしてたり。
いつの間にか孤立。
自分の感情に向き合っているつもりであっても
感情が整理できてなかった
社会に出て【できて当たり前】っていうことにぶち当たり
自分のできなさに痛い思いをし、落胆ばかりし、自信がなくなるけれど、
そのできないことにはどうやったらできるんだろうか。
嫌なことは考えたくないけど、何かできるきっかけに繋がるかもしれない。
そういう考えがすっかりなくなってた。
そのことに改めて気づいて
日々の中で出来た!!ということを少しでもいいから喜ぶことの大切さ。
できたことをノートにつけたり、出来事を友達や家族に話したり、
1人で呟いてたり←
繰り返してくうちにちょっとずつネガティヴ思考が消えて行ったようにおもった。
どんどん自己達成感をアウトプットしていくこと。で成長していく。
そうしていくと、
日常生活の中での自己達成感、自己肯定感が培われていき、
いきていく上で一生大切な感情なんだな。と。
褒めてもらうことばかりに期待するよりも
自分で自分を褒めること。
以前までは違和感でしかなかったけど、
だんだんとこの言葉が受け入れられるようになった気がする。
遠くにいかなくても、生活を送る中で自分や周りで起こることが刺激的でまた
新鮮なことが多くて、とても達成感のある毎日を送ることができたこと。
自分と向き合うことで気づきがたくさん。
続く。